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みかんの歴史!

みかんの歴史についてご紹介したいと思います☆
☆みかんの原種は、3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし様々な種に分けられながらインド、タイ、ミャンマー、そして中国などに広まったとされています。この中国においては、古くから栽培され戦国時代に完成したとされる文献『晏子春秋』には「橘化為枳」(橘、化して枳と為る。境遇によって元の性質が変化するという意)との故事が記されています。
☆日本に最初にみかんが広まったのは、キシュウミカンと呼ばれる品種のみかんです。中国との交易港として古くから栄えていた肥後国八代(熊本八代市)に中国浙江省から小ミカンが伝り、高田(こうだ)みかんとして栽培され肥後国司より朝廷にも献上されていました。
そして15〜16世紀ごろ紀州有田(現和歌山県有田郡)に移植され一大産業に発展しここから「紀州」の名が付けられたのです!また江戸時代の豪商である紀伊国屋文左衛門が、当時江戸で高騰していたミカンを紀州(下津港より)から運搬したのです^^
また江戸時代初期、徳川家康が駿府城に隠居したとき、紀州からキシュウミカン(ホンミカン)が献上され、家康が植えたこの木が静岡地方のみかんの起源とされています。

みかんは縁起物!?

温州みかんには、種がないため、子孫繁栄を重んじる武士から嫌われたのが理由と言われているようです。当時の島津藩が鎖国状態にあったこと&温州みかんが「種なし」であったことから、縁起が悪いと敬遠されたそうです。
またみかんの仲間に『ダイダイ』と言うくだものがあります。この『ダイダイ』とは、お正月の飾りに使われる果物ですが、元々「代々」で非常におめでたいとされています。なぜ「代々」かというと、この果物はとても落果し難く、収穫しないで放置しておいた場合でも毎年必ず木になり同じ木の上に三世代の果実がつくので、親から子へ、子から孫へと代々の相続を連想させるそうです。
また、木の上で年を重ねた果実は、落ちないどころか実の色がまた青味がかってくるので、そのことが若返りを連想させ、中国では「回青橙(青年に回り返るという意味)」と名づけられているのだそうです。そういった果物がもてはやされるわけですから「種なし」が敬遠されるのもわかる気がします。 

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